白いきりん

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ワークシフトするために

リンダ・グラットンの『ワークシフト』を読んでる。
2025年の未来を予測し、加速する社会の変化のなかで私たちはどのように働きどのように生きているのかへの指針を示した本。
去年ビジネス書大賞を受賞した本で、最近新作『未来企業』が出て話題になっていて本屋でも平積みでした。


まだ読み切ってなくて半端な整理なのだけど、ワークシフトするためにわたしの必要なこと

・インターネットの使い方を考える
 12歳になるまでは回線すらつながってなかったのに、インターネットは今はなくてはならないコミュニケーションの場であり、ツール。日常に必要なライフラインにこれからますますなっていく。いかに能動的に使えるかが重要。
 →どんどん増えてくツールに追いついていけてない=一回試してみて精査する
 →自分にとってしっくりくる使い方が出来ていない=そもそもアウトプットする内容がまとまってない(インターネット云々以前の問題)

・自分の好きなことやこうなったらもっといいのにな〜ということを整理する
 食べることが好きで、野菜が好きで農作業が好き。でも農業生産を仕事にすることより、作物を育てること、食べることの喜びを自分以外の人と共有したい。ここはまだ自分でも突っ込み切れてないので保留。

・言語学習
 勉強というか、食べることの嬉しさとか私が農作業して感じる楽しさとか、もっといろんな人と共有したいなーって思う。いろんなことを知りたいし、聞いてほしい。英語、苦手だし、スペイン語、もう忘れちゃったんだけどそういってたら上達しないので。

最後まで読んでまた整理します。
 
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映画「天のしずく」の感想


やっと見てきました




研究家の辰巳芳子さんのスープと人生のドキュメンタリー

自分の父親が倒れ、亡くなるまでの8年間作り続けたスープ
そのスープレシピは終末医療の現場にも取り入れられ、たくさんの人に作られている

辰巳さんのレシピは栄養素や栄養価といった科学的根拠じゃなくて、辰巳さんの「この野菜はこう扱うとおいしくなる」「おいしいものはからだにいいんだ」という確信がもとになっているのだと思った


感じたのは、辰巳さんはスープを通してたくさんの人にいのちを与え、そして看取ってきたのだということ
そのスープは特別なものや高級なものでできているわけじゃない
大事なのは材料や分量ではなく、食材に対する接し方やひとつひとつの仕草

辰巳さんの作るスープはおいしそうだ
けれど、幾重にも手間がかかっている

ここで何かを大切にするということは、手間がかかることなのだと気が付いた
料理だけではなくて、そこに信念やいのちに対する姿勢が宿る


それは自分が自分に対してだけじゃなく、他者に対してもそうで、手間をかけてもらったこと、つまり大切にされていると実感した記憶は忘れないものなんだとおもう



わたしが幼稚園生くらいの時、熱を出して何も食べれなくなった
お母さんは手拭いでみかんを絞り、ジュースを作ってくれた

あと卵と砂糖と牛乳だけでつくったカスタードクリーム
食パンにつけて食べて、大喜びした

どちらも手間がかかることで1回きりだった気がするけれど、今でもその時のしあわせは鮮明に思い出すことができる


それって愛することそのものなんだなあ


食はいのちに直結しているものだから、それがよく伝わるのかもしれないとおもいました


ついつい先を急いで手間を省くことに心を砕きがちだけど、省いてはいけないものがあること、そして、かけられた手間暇に敏感でいたいです

辰巳先生の教室に一度参加してみたいけど、その前にちゃんと料理できるようになろう、、、

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備忘録:TIDEPOOL et KOKOROUTA 「島ぐらしとわたしのとおくてちかい関係」



11月20日、農園に来てくださった方との縁で西麻布のブックラウンジ「ココロウタ」でのイベントに行ってきた



島に移住することは、思い立てば結構できちゃうとおもう
移住ではなくて、平日は働きながら島に通いその中で小さな仕事をつくりだし、気づけばサラリーマンやらなくても生きてける!という実験を自分のライフスタイル上でやってるんだな

その感覚は、実は結構分かる
わたしも農園に関わって農作業が好きで、農作業を業務とする働き方を選んだかもしれない
でも結局それって、どこかの農場に就職するとすればサラリーマンだし、簡単なことじゃないけど自分で見つけた「必要なこと」「やりたいこと」をやっていたら仕事になってるっていう働き方を模索したかった

だから今わたしは市場にいるのだとおもうし


お土産に「あめりか芋」という白いサツマイモをいただく
取り立てはじゃがいものようで、年を越すまで貯蔵すると途端に甘くなるそうです

今は太田市場に出てるらしい



参加者は10人くらい
2人学生がいたけれどあとはほぼ会社員のみなさんで(わたしを含め)、農園以外でこういうこと考えてるサラリーマンの先輩たちに会えて、すっごく刺激的でした


来年の春になったら、ぜったい新島に行ってサローに泊まろうともくろみ中
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ETV特集「映画にできること園子温と大震災」のメモ


10月20日から公開される園子温の「希望の国」の撮影を追ったNHKのドキュメンタリー

「希望の国」は原発事故を直接のテーマに据えた初めての商業映画だという


園は「いまこのテーマ(大震災、原発事故)を使わないでどうする」という
まさに日本の社会の一番の問題なのに、不謹慎だと、いまはそっとしておくべきだと、誰もが避けて見ないふりをしている

園は「数」という詩で、政治からこぼれてしまうものをすくいあげるのは芸術だと言っている
政治ができないことを、芸術がやれ、と
ドキュメンタリーでは何度もこのフレーズを使っていた


ただ、それが正しいことなのか、わからないとも言っていた

映画を作るために取材に協力してくださった方々に、出来上がったばかりの映画を見せる
それは、とても暴力的な行為だ、とわたしはおもう
地震、原発事故、避難生活、ばらばらになっていく家族、それは今も続くつらい現実
それをまた追体験させることになる

それをわかっていながら、映画を作った
取材をとおして親しくなった方々を傷つける、それが正しいのかわからない
その全部をひっくるめて、園自身も傷ついているのではないか、とわたしは感じた



震災前、園はエキセントリックな映画の監督だと思っていた
対談をしていたチンポムのパフォーマンスもそうだけど、なんだか過激で、ちょっと怖かった

震災の後、自分の生すらあやうく感じて、いろんなものがむきだしになっていく中で、この人たちは震災の前からそういうむき出しのものを感じていたのではないか、と思った


まとまらないので、追記があれば書きます
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闇の中の光

お土産でもらった2010年度のボランティア学会誌


先生に勧められて読んだのが、広島市立大の湯浅先生が書かれた
『ダイアローグス・イン・ザ・ダーク―上関原発反対運動に呼応する、ひとつの表現の可能性』


29年前広島にある中国電力が、山口・上関での原発建設を計画した

上関での原発建設に対して、広島では大きな反対運動が組織されてこなかった
「核、放射能への恐怖、憎しみ」と「核の平和利用」
一見矛盾していることが、ながらくともに存在してきた
「ダイアローグス・イン・ザ・ダーク」は反対運動に呼応して上演された
身体表現/演劇作品の記録である

内容は出演されたダンサーの大槻さんのブログに詳しくのっています
大槻オサム 光・身体・闇


放射線は遺伝子を除去し、皮膚の再生能力を奪う。…汚染された遺体は、腐敗しても土壌に染み出さないようにと特別製の厚いコンクリートの間で埋葬される。…原発事故は、彼らの生活や大切な人々とのつながりを破壊したのみならず、遺伝子に刻まれた人類何万年にもわたる共生の歴史という過去を、そして自らが土となって他の生命を育む未来をも奪った。


つい先週の大叔父さんの死を思い返す
おじさんは生涯を農業に生き、83年間暮らした村で
息子たち孫たち、近所の人々に囲まれて死んでいった
初夏凛々

わたしにはその光景が、とてもしあわせなものに見えた
放射線、放射能は、その生きて死ぬことのしあわせすら奪う


私は、過去のカタストローフ(破局、大惨事)の被害者たちが、それぞれの非業の死や負った悲しみにもかかわらず、かれらは完全な闇の中に捨て置かれているのではないと感じた。…それは力によって、これらの惨事をひきおこした国家権力をねじふせ、謝罪をもたらすといった救済ではない。その犠牲になったものの弱さに、私たちの弱さが反応し、寄り添うことによる救済であり、私たちが、彼ら彼女らの弱さにそして自らの弱さに涙しながら、その弱さゆえに立ち上がる、そういった救済であったのだと思う。


これはいま参加している平和学習会にもつながっている
弱いひとりの人間としてのわたしが、過去の戦争とどう向き合うのかということ
その過去と連続して存在する、現在の社会やまさに起こっている原発事故と
ともに生きること

ちなみに平和学習会は大学の戦争責任や天皇制から
今の世界やわたしたちの社会を考える会
中国人、マレー人の留学生を含む6人の学生と先生方とで議論している
大学に入って、いろんな国籍のいろんな友だちができたけれど
こういう場って今まであんまりなくて
でも大学って勉強したことをこうやって、ぶつけあう場だよなあと
今更おもう


話がそれたけど、後日談として
福島での事故を受けて、とうとう上関の原発の建設作業は中断している
上関の田ノ浦の向かいの祝島では、
30年越しの反対運動を実らせようとしている人たちがいる

立地、経済状況と同じ条件の地方都市であっても
原発が建設されたところ頓挫したところとある

なぜ建設が進んだのか、なぜ建設を止められたのか
その過程が大切で、その術を知りたいとおもう

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Deep time


ある授業で「ちょっとだけね」と見せてもらった映画

100,000年後の安全

映画の冒頭で、10万年後の“君”に語りかける
「君の立つ土地は安全か?」と

放射性廃棄物が無害化するためには
最低10万年かかると計算される
そんな放射性廃棄物が地球上には、少なくとも25万トン
これは原子力発電を続けることによって、増え続ける

フィンランドのオルキルオトに建設中の
高レベル放射性廃棄物の最終処分場“オンカロ(隠された場所)”
廃棄物を地中500メートルに埋蔵して
無害化するまでは決して掘り起こさない計画

でもその情報をどうやって10万年後に伝えていくのか
1000年後くらいなら、口伝で出来るかもしれない
10000年後は?
現在の10000年前、人間は農耕を始めたといわれている
その時の物語がどれだけ残っているだろう
そして100000年後の未来は?

途方もない時間
でもきっと人が子を産み、その子が子を、と連綿と流れていくだろう時間
それがDeep time


それだけ危険なものを生み出してしまった
ここに存在する以上、原発に反対だろうと賛成だろうと
それを責任もって管理しなくてはならない、未来のために
その視点が日本には欠けているのではないか とそのO先生は言っていた


福島の原発事故では、20年後の自分の子どものことだったり
これまで一生懸命やってきた農業の技術や知恵の計り知れないところで
作物が人を傷つけるものになるかもしれない、という
現在の途方もない問題があるから、一概に言えないとおもうけれど

じゃあ他の原発について考えるのは、爆発してからでいいのかというと
まったくそんなことなくて

反対だろうと、賛成だろうと
右翼だろうと、左翼だろうと
関心があろうと、無関心だろうと

対立を深めるのではなく、ともに考えていかなくては
分かり合えなくても、一緒に歩んでいかなくては

それをあきらめないでいようとおもう


余談
ドキュメンタリーなのだけど、映像がスタイリッシュでかっこよかった
おさえた色使いも好み
映画館に見せてもらった続きを見に行こうっと

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日々のこと

ゼミの文献担当が終わり、開放かーん

今日の文献はまちづくりの話

まちづくりの主体は
行政
商店会みたいに地縁など自然発生的に形成されていて、資金を持ってる所縁型組織
イベント開催や新しいことに柔軟に取り組める仲間型組織の3つ

仲間型組織がまちづくりをおこなうことがプラスに評価される一方で
資金源を持つはずの従来の所縁型組織が弱体化して
仲間型組織にたよらざるを得ない状況が浮き彫りになる

結構身近な話題だけど、こんなに上手く頭の整理出来てないなあ
実感としてあるのは、全部の主体の面を持つ人もいるし
けして一面的なものじゃないということ


先週は国際引退移動の論文でタイトルは『楽園を求めて』
老いて海外の、特に東南アジアに「楽園」を見ているのは定年退職した男性が多い

引退移動の理由で物価の安さや冠婚葬祭の面倒臭さが上がっている

面倒臭さを取り除くために、お金を払う
楽園をお金で買っている
しかし楽園とは、とても相対的なものだ
時間どおりに電車が来て、食料が捨てられるほどあり、何があっても「日常」を装える
日本も誰かにとっての楽園かもしれない


お金で上手く帳尻を合わせようとする動きと
人がつながっていくことで、状況を変えようとする動き

その違いには、社会や文化が反映されている


ゼミのあとは、平和研でだらだらご飯を食べる
くだらない話をして、その先に議論があって、脈絡なく続いていく
誰かと誰かのそれを、ただ聴いているのも楽しかった
そういう時間がわたしは大学に入って一番好きで大事なものだったと
最近気づいた

そしてそれは大体
お昼休みの8号館の一階で過ごす時間だった

今の8号館の下はフードコートみたいになってしまった
絶えず人が流れ、一人の人は耳にイヤフォンをしている
他人の話す声がうるさいから


以下は先生がまとめてくれた8号館のことについて
http://blogs.dion.ne.jp/coppe/archives/10140886.html
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取り返しのつかないことを取り返す

映像ドキュメントの桜井さんに誘っていただき
鎌倉芸術館での「憲法のつどい2011鎌倉 井上ひさしさんの言葉をきざんで」にいく

時間が経ってしまったのでラフな覚え書き


内橋克人さん、なだいなださん、大江健三郎さんのお話をきく

 内橋克人さん
「絆・がんばろう日本、というメッセージに違和感がある。絆を辞書で引くと馬や犬をつなぎ止める綱を絆と言う、と出てくる。また被災された方々に易々とがんばろうとは言えない。なぜ“日本”が前面に出るのか。」
「救援することは大切だ。しかし同じくらい糾弾することも大事だ。」

なだいなださん
「靖国合祀裁判についてお話しする予定が、ほとんど触れず
専門家に頼りすぎているのではないかというお話
たとえば精神科医がいま被災地に行っても被災された方の恐怖や悲しみを取り除くことはできない
専門医であってもその恐怖や苦しみを体験しているわけではないから

大江健三郎さん
「今回の原発事故は取り返しのつかない事。しかしそれでも、木下順二さんの言葉を借りれば、取り返しのつかない事を取り返す。生きている私たちは、取り返しのつかない事を取り返す必要がある」

猪瀬先生のブログ
http://blogs.dion.ne.jp/coppe/archives/10081585.html


大船駅、初めて降りた
魚屋さんと八百屋さんが元気なまち、という印象
今度ぶらりといってみよう
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良心の立入禁止区域

農園のあと
(この日はくろさわくんが、いこっとで共同生活している
シェアメイトの人たちを連れてきてた)

千駄木の谷根千の蔵で
『ゾーン』(原爆から原発へ、2005)
『ドキュメント・チェルノブイリ」(高木仁三郎解説、1987)
『反原発銀座デモ』(2011.03.27の様子)の映像を見る

http://www.eizoudocument.com/

ウランが発見され原子力が人の手によって生み出されたこと
その力を利用した広島と長崎に原子力爆弾が投下されたこと
原子力は発電に利用されるようになったこと
しかしその力は人間の手で制御しきれず
チェルノブイリや日本に東海村で臨界事故が発生したことを知った


原爆投下の合図をした気象官のイーザリーとユダヤ人哲学者アンダースが
かわした往復書簡『良心の立入禁止区域』が紹介されていた
イーザリーは戦後、原爆投下は過ちであったと告白
精神異常と診断され、病院に入院させられる

「君が精神病院に入れられているのは、君が狂っているからではなく、
君の周りが狂っているからだ」というのはアンダースの言葉


ドキュメント・チェルノブイリでは
チェルノブイリの事故後、スコップで飛び散った炉心を処理をする
労働者や軍の兵士の映像を見た
マスクをし、鉛の板の防護服に身を包む男の人たち

その間の被曝量はどのくらいだったのか
寒気がする

いま福島でも同じような光景がひろがっているのだろうか
処理している人たちはどんな気持ちで働いているのだろうか
その人のことを想っている人は何を祈っているだろうか

それは決して“尊い犠牲”などと美化できるものではなく
ひたすら悲しい とおもった

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ノート:本気で自由


昨日はWall Art Festival@戸塚善了寺というイベントでした

Wall Art Festivalとは
インド・ブッタガヤの小学校の教室の壁に、日本のアーティストの人が画を描いていくというもの

写真の写真を取り忘れたので、ぜひこちらにアクセスして壁画を見てみてください
感動します
http://wafes.net/

来てくださったのは、このプロジェクトを企画・運営している
おおくにさんとおかずさん

今年インドで壁画を描いたアサイユウスケさん
来年インドで凧揚げ(企画中)する遠藤一郎さん


壁画を製作している映像、遠藤一郎さん『愛と平和と未来のために』の上映会と
トークイベントがおこなわれた

ひたすら小学校の教室の壁に絵を描くアサイさん
将来の願いを込めて、手の骨が折れそうになるくらい、強く押された子どもたちの手形
それが動物に、植物になって生き生きと呼吸をしだす

ひらすら六本木ヒルズの壁に突進していく遠藤さん
「いくぞー!!」の掛け声に、見ている誰かが「いってこーい!」と返す
瞬間、ぞわりと鳥肌が立った

トークでは
おおくにさんがWall Art Fesを開催しようとしたきっかけ
おかずさんがインドに住み込んでこの企画に携わっているワケ
アサイさんがなぜインドに行ったのか
遠藤さんのいろいろを聞いた


終わって今思うことは
キーワードが“本気”と“自由”だった、ということ

おおくにさんは“本気”でいいものがつくりたかった
「インドの片田舎でやるイベントだからこそ、
ニューヨークで開く展覧会より良いものにしたかった」

おかずさん
「ぼくにとっての“自由”は日本に住まないことだった
インドに行って衣食住、人間関係、言語の不自由がだんだんなくなって
日本でなかくても生きていけることを知った
そしたら、インドでそれ以上の何かをしたくなった」

浅井さん
「自分は好きな絵を描くことをいかに続けるかを考えてきたけど
一郎さんに出会って、一郎さんの本気を見て、
“本気”でいいものをつくらないといけない、と思うようになった」

遠藤さん
「自分に出来る“愛と平和と未来のために”を“本気”でやること
それが僕の場合大声を出したり、体を使ったり、車を運転することだった」




来年のWall Art Fesのとき、インドの人たちと旗をつくるそうで
そのあと、みんなで旗をつくる

アサイさん、遠藤さんは「自分らしい旗はやっぱりいつも着ているこれだ」
と言って、ざくざく着たままシャツを切り出した


続いてこまどりさんはじぶんでペイントしたジーンズを!

さすが芸術家は違うなあと思っていると、先生、みなみ、あかねまで!!
帰り、寒くはなかったのだろうか。。。


わたし、みかな、しずか合同のGOWESTの旗

これがはたはたとインドの空にはためいているのを
真剣に見に行きたいと、思ってしまった



「どれだけ本気で、自分の好きなことを自由にやる覚悟があるのか」
と、問われた気がする


わたしは、まだまだ本気じゃない

だけど本気になるのが、こわいなって気持ちも、ある

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買っちゃったよ。
もしくはとても欲しい






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