白いきりん

<< September 2020 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

- | permalink | - |
<< 「これが最後」にしたくない | main | 梨の花、咲く >>

とおくまで見渡せるように

ずっと足元しか見ずに歩いていて
「おーい」と呼びかけられて、顔をあげる感じ
そんな感じ

菊池成孔さんの「「歩いて帰ろう」のがよくね?」という日記を読んだ
http://www.kikuchinaruyoshi.com/dernieres.php?n=110410052133

斉藤和義の「ずっとウソだった」が反原発のキャンペーンソングになってるけど
替え歌よりもよっぽど「歩いて帰ろう」そのままのがよくね?
という話

「普段通りの音楽を続けるのが一番のメッセージである」
「平時から、芸術というものは、有事の備えになっているべき」
このことをこんなに揺らがずにいえる音楽家がいるのだなあ

自分の視野がどれだけせまくなってたのかに気づいた


「町に血が流れる時」http://hihumiyo.net/machi.html
小沢健二さんが4月11日に書いた文章

あふれる善意は圧倒的に輝き、
それは僕ら自身だ。でも、その光の中で、
巧みに動き回る影もある。 強い光の中で、影も強くなる。

だから、ちょっと気をつけていた方がいい。いま、いきなり
世の中が、違う世の中になったわけではない。

真実や嘘や、善意や策略や、何だかんだが入り混じった
世の中だということは、いつもと変わらない。
・・・
いつも通り世の中には、善意も策略も、真実も嘘も、美しさも汚さも、
混じっている。その中で、僕らは生きる。
多くの僕らは、計算高く生きてはいない。
多くの僕らは、自分に都合のいいように緊急時を利用しようとは、
夢にも思わない。けれど、そういう人もいる。いるのが普通。
後で幻滅しないように、そのことは思い出しておいた方がいい。

その上で、だ。
あふれる善意を信じたい。
誰かを、普段より強く思いたい。
涙をこらえて、強く抱きしめたい。
言葉は要らなくなり、詩人の役割はなくなる。
多くの人が、詩そのものになって、きらきらと生きる。
きらきらと、亡くなる。


善意に見えるものが策略だったり、悪意に見えるものが真実だったり
賢く見えるものが阿呆で、阿呆が賢かったりする世の中で

顔を上げる、胸を開いて、息をおおきく吸い込んで
足元ばかりでなく、遠くまで見渡せるように

hibi | permalink | comments(0) |

スポンサーサイト

- | permalink | - |

この記事に対するコメント

コメントする










































買っちゃったよ。
もしくはとても欲しい






みんなのブログポータル JUGEM
みんなのブログポータル JUGEM